This Archive : 20060930
さよならYS-11
戦後国産唯一の旅客機、YS-11の国内民間定期便での最終フライトが、今日、沖永良部〜鹿児島間のJAC3806便として運航されました。
優秀な機材ではあったものの、販売が振るわずに、僅か182機の生産に留まった不運な名機と言われるYS。
民間からは消えてしまいますが、自衛隊ではまだ残ります。入間にも居たはずですので、当地でも見ることがまだ出来ますね。
とは言え、コミュータ機としては、中古市場では評価の高い機材と言え、今でも海外ではフィリピン、アメリカ等で、バリバリの現役で飛んでいます。64席という大きさが、丁度いいサイズなんでしょうね。
YS-11の後、日本は独自の旅客機開発からは手を引いてしまいます。三菱のビジネス機MU-2も、後継機がないまま終了し、YS-X計画もどうなるのか判らない状況。
YS-11クラスの機材は、かなりの市場ニーズがある筈ですので、あのままポストYS-11を開発していれば、という感じは受けますね。
YS-11ですが、遥か昔、大分の父方の実家に帰省した時、羽田〜大分(旧)に乗ったはずなのです。記憶は全くありません。ただ、子供の頃のアルバムに飛行場で撮った写真があり、乗ったんだよと聞かされていました。その後、搭乗する機会には残念ながら恵まれませんでしたが、永年の活躍、お疲れ様でした。第二の人生でも頑張ってください。
優秀な機材ではあったものの、販売が振るわずに、僅か182機の生産に留まった不運な名機と言われるYS。
民間からは消えてしまいますが、自衛隊ではまだ残ります。入間にも居たはずですので、当地でも見ることがまだ出来ますね。
とは言え、コミュータ機としては、中古市場では評価の高い機材と言え、今でも海外ではフィリピン、アメリカ等で、バリバリの現役で飛んでいます。64席という大きさが、丁度いいサイズなんでしょうね。
YS-11の後、日本は独自の旅客機開発からは手を引いてしまいます。三菱のビジネス機MU-2も、後継機がないまま終了し、YS-X計画もどうなるのか判らない状況。
YS-11クラスの機材は、かなりの市場ニーズがある筈ですので、あのままポストYS-11を開発していれば、という感じは受けますね。
YS-11ですが、遥か昔、大分の父方の実家に帰省した時、羽田〜大分(旧)に乗ったはずなのです。記憶は全くありません。ただ、子供の頃のアルバムに飛行場で撮った写真があり、乗ったんだよと聞かされていました。その後、搭乗する機会には残念ながら恵まれませんでしたが、永年の活躍、お疲れ様でした。第二の人生でも頑張ってください。
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