埼玉県ふじみ野在住の僕がガラクタな雑感を綴っています。 鉄ネタ、時事ネタ、イーグルスネタ、果ては懐かしの音楽ネタなどまさにガジェット。どうぞお付き合い下さい。 
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2006/08/26 11:17    靖國に絡んで、ちょっと考える
今年の夏も、靖國の話題でいろいろとありました。
終戦の日に小泉首相が参拝したこと、あれはあれでよかったと思いますし、A級戦犯合祀の話も、僕なりに考えをまとめたつもりです。

ただ、いろいろ考えてみると、実はポッカリと空いているところがあるんですよね。それは靖國の成り立ちと大きな関係があることなんですが、元々靖國は明治維新の際の戊辰戦争で戦死した官軍(新政府軍)の慰霊の為に建立した東京招魂社が始まり。
そのため、祀られている戦死者は、朝廷及び新政府側のみ。
賊軍(朝敵)とされた、幕府側の戦死者は祀られていません。その後の西南戦争での薩摩藩も、反乱軍ということで同様です。
勿論ですが、平時に亡くなられた方は祀られておりませんが、敵味方の区別無く霊を祭るという話ではない訳です。
確かに境内の片隅にひっそりと鎮霊社と称する小さな祠があり、祭祀されている以外の霊を祀っているという建前を取っていますが、これが建てられたのが1965年。然程昔の話じゃありません。
ただ、賊軍を祀らないのは、日本だけではなく、アメリカのアーリントン国立墓地も、元々南北戦争の北軍兵士の戦死者を祀るために造ったそうです。

確かに新政府からすれば、敵の将兵であり、自分達と同列に扱うのに異論はあったのでしょうが、日本古来の考えと思っていた「死んでも許さないというのは日本人には馴染まない」「死ねば皆神となる」というのは、建前的な話なのかも知れません。
敵とは言え同じ日本人。ついこの間まで、幕藩体制を支える同じ体制側であった筈なのに、刃を交えたばかりにこのような仕打ち。近親憎悪なのでしょうか。

戊辰戦争で最後まで抵抗した奥州諸藩。特に二本松藩の少年隊や、会津藩白虎隊の悲劇を知っていますか。
白虎隊は15〜17歳、少年隊に至っては12歳の少年兵も居たのですが、その殆どが戦死しています。福島では学校でその悲劇を教えますが、他の地域では殆ど知られていないのでしょう。

会津藩の戦死者3000余名といいます。降伏後、彼らの遺体は新政府によって埋葬を固く禁じられました。絶対に手を触れてはいけない。触れれば厳罰に処す。ましてや埋葬などした場合は・・・
このような厳命があったため、誰も遺体を埋葬できず、目前で朽ち果て、野犬や鳥に食われて行く遺体を、ただ見守るしかなかったと史実は伝えています。
どうでしょう、目の前に転がっている家族や知人の遺体を、弔ってあげることも敵わない辛さ。筆舌に尽くし難いことだったと思います。
同じことが箱舘(函館)での榎本軍との戦闘の後も行われたといいます。

第二次大戦後、戦死者の遺骨を集めるため、南太平洋や東南アジア各地まで赴く今と比べ、いかに新政府軍の対応が惨かったのか。
何故にそこまでの仕打ちをしたのか、理解に苦しみます。

会津では今も薩長への複雑な思いがあると聞きます。高齢者の間では、戦争と言えば、戊辰戦争のことだということもいいます。
是非、小泉首相でも次期首相でも構いませんが、賊軍の汚名を着せられた旧幕府軍の慰霊も行って欲しい。そう感じます。